オイラには究極の2台
オイラがオートバイに乗るようになった一番の要因は……

この2台のマシンの登場でした。
オイラが25歳の頃かなあ…それまでも、スクーターやYSRで走ってはいたんだけど、所詮車のついでで、オートバイがメインではなかったな。
↑のマシンは88年式ですが、そのチョイ前から2スト250レプリカブームで盛り上がっていました。
とは言え、やっぱオイラは車メインで走ってました。
当時はゼロヨンメインでやっていたんですが、あるゼロヨン会場にトランポに積んできたヤマハの2ストレーサーがやって来たんです。
もちろんナンバーも、保安部品も無い本物のTZでした。
その頃ってレーサーなんて論外な乗り物で、仲間内で乗ってる奴なんていませんでした。
そのTZが知り合いの車とゼロヨンやったんですが、スタートでガツンと出れなかったTZなんですが、パワーバンドに入ってからの加速が圧倒的でゴール地点では変わらない位置でした。
たぶんタイム的には12秒台だったと思うんですが、もしウイリーバーとか付けて挑んでいたら11秒台も出てたんじゃないかな…な加速でした。
当時は、街中ゼロヨンで12秒台で走る車はメチャ速い車だったので、オートバイの速さを思い知らされた結果になりました。
それから、オートバイに興味を持つようになり、車よりお金が掛からず速くなるオートバイに嵌って行ったんですね。
で、オイラはガンマを選んだんですが、コレは乗ってる人数が少なかったから…ってのが一番の理由です。

スガヤのF3キットで70馬力以上出てたと思います。
FISCOのストレートで、最高速もRC30に並走してもらってのメーター読みで230キロオーバーでした。
この時点でも、ガンマよりRX-7の方が速かったんですが、掛かった金額が違いましたね。
当時、ガンマの新車が50万円チョイで買えたんですから。
それからチューンアップしても100万円かからず、このポテンシャルへとなるんですからね。
でも、最高速は速くっても、峠とかではNSRの方が圧倒的に速く走れるんですよね。
この乗り味の違いは驚きでした。
一時期、NSR買っとけば良かったなあ…と思う事もありましたが、あまりにも数が多過ぎてうんざりしてましたからね、仕方ない。
でも、ホント狂気の時代でしたね、改めて。
毎晩R20やR246でシグナルGPやってました。
特にR246下りの用賀辺りからアンダーパス過ぎての二子橋…渡り切るまで全開全開でしたねえ。
台数もメチャ多かったしね。
首都高とかも走りましたが、やっぱ怖くてイマイチでした。
ホントね、生き残って良かったとマジで思ってます。
お金が有ったら、また乗りたいマシンです。